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May 8, 2007

たりない

■「ARENA HOMME+」のとあるグラビアを見て「コレ、何かに似てるんだよなあ…何だろうなあ」と思ってたんですが、旦那があっさりと答えをくれました。「ビリー・アイドルじゃん?」…ああ、そうそう、ビリー・アイドルだわ!!!! モニモーニ、って感じだわ!!!!!

いや、ゴールドがテーマになったグラビアで、男の子が全身ほぼ金ずくめで、頭も短い金髪をツンツンにしてるんですよ。で、これと非常に近いモノをわたしは知ってるんだがなあ…と思っていたわけです。ビリー・アイドルでした。

旦那曰く「昔の服?」……いいえ、これはギャルソン(オム)の、今年の春夏のお洋服なんですよ…。今年の。20年前じゃないっすよ。2007年の、S/S、フランス的に言うならP/E。
一回りしちゃったんですね、完全に。

まあ、わたしも昔は持ってましたよ、ゴルチェの金色のショートジャケットとか(素材はマジでビニール、本気で金色です)。…何を考えてたんだろう…。若かったんだな(笑)

■カフェイン中毒として名高いこのわたしが、あろうことかウッカリとコーヒーを買い忘れるという惨事に見舞われており、毎日デカフェインを飲んでいます。ウウ。
そのせいか、いきなり変な時間に眠気が来たりして、弊害が大変なことに。

たりない。カフェインが。

だったら早く買いに行けよって、まあそうなんですが、自分が気に入ってるのしか飲みたくないんです。その辺で売ってるのじゃイヤなんです。で、お気に入り(現在はトレジョーの南アフリカ&南米シリーズがお気に入り)を買いに行くには車で15分は出なくちゃいけなくて…ああ、ぶたないでください、明日はCD買いに行きますからコーヒーもついでに買います。お嬢のCD、今日だと思ったらアメリカは明日だったんですよ。全くもう。困っちゃいますね!

引きこもり大将たるわたしが、特に用事がないと家に籠もってるのは普通のことです。今日は外に出る用事がなかったんで、出なかったんですよ…。かもし中だし。

ちなみに、コーヒーは1日4〜5杯をファイアーキングの小さめのマグ(Dハンドルマグ)で飲みます。使っている器具はボダム社のフレンチプレス。豆はダークローストが好みで、都度、グラインダで細かめに挽いて使います。そのせいで、飲み終わるとカップの底に細かい粉が泥のように残ります(笑)

砂糖はなし、ミルクはあり。ただし、ハーフ&ハーフはダメで、牛乳のみ。牛乳もローファットやファットリデュースドはダメで、許せて2%カットのものまでです。<スゲーうるせー

昔はハーフ&ハーフ好きだったんですけど、今はくどく感じるので使わなくなりました。

■さて、キュレーターと話しましたよ。

色々話しましたけど、結果的に延期決定です。
2009年以降になるのは間違いなしですが、これも確約ではありません。

「筋トレ」の「週報」通りの展開で、さすがに話しているうちにちょっと揺れたりしたんですが、最終的には「結論は常に貴方の望みから出てくるべきであって、周囲の都合を調整するためだけに出すべきではないからです」という、ゆかりさんの言葉通りの決断をしました。

話しているうちに気になったコトに、「画家は生き様として変化の様子という人間らしさ(=成長の段階)を見せてこそ、アートではないか」という意見がありました。
これはまあ、わたしが「画題も含め、自分の絵が非常に変化しつつあるので、現状で納得のいく内容にて、展示の点数を整えるのが難しい」という話をした時に頂いた返答です。

キュレーター曰く、「デザイン関係の人などは、何もかもを完璧にしてからでないと見せたくないという判断をする人が多いけど、画家はそうじゃなくていい、むしろそうじゃない方がいい」と。

絵は変わり続けるものです。
描いていれば技術的な向上もあるでしょうし、その時の生き方や気持ちが反映されていくわけですから、極論を言えば、同じ絵なんてそうそう描き続けられません。

ARCANAを画題に選んで1年とちょっと、その間にわたしの絵は大きく変化し続けていますけれども、その変化の過程全てを外にさらすのは、わたし的にはちょっと抵抗があります。

なぜなら、わたしは旦那が指摘した通り、絵に関しては完璧主義だからです。
自分、そしてわたしの「もうひとつの目」である旦那が納得しないものは、人に見せたくありません。例え落書きであっても。見栄っ張りなんですよ(笑)

わたしが外に出す絵は、何かの短所を持っていても、一定の基準を満たしているものだけです。

作品には90点もあれば、75点もあります。
完璧に描けることなんかまずありません。下絵の段階で失敗することなんか珍しくもないです。仕上がったはいいけれど、反省すべき点を持っている絵ももちろん、あります。

それでも、仕上げないことには前には進めません。
仕上げないことには、ひとつ終わらせないことには、そこから何かを得ることは難しいでしょうし、むしろ出来ないでしょう。だから、最後まで描き切ります。

生き様こそがアートなら、わたしは自分が納得した状態で見せることを選びます。
「今のわたしではここまでなの、ゴメンなさい」と言いながら、未熟な作品を見せるくらいなら、見せたくないです。

「変化の様子」を見せること自体はかまいません。だって、わたしは完璧じゃないですし、画家として仕上がるかどうかは一生かかってみないとわかりません。20年先かも知れないし、死ぬまで無理かも知れません。ゆえに、いつだって「変化の途中」であることはその通りです。

しかしながら、大きな視点で見た時の「変化の途中」ではなく、1年ほどの、激変している状態をつぶさに見せていくのは、ちょっと抵抗があります。つまり、大きな視点で見た時、例えば3年後に観たら「未熟な作品」でもいいんです。でも、それが「現在のわたしの基準」にほど遠いのであれば、それは見せるに値しない、ってことなんです。

「点数が気になるのなら、気軽に描いたものやエスキースを展示してもいいのだし」とも言われたのですが、これもやっぱり釈然としません。

実際、わたしのエスキースなんか人に見せられないですよ。スゲー雑なんですもん(笑)
スケッチブックにドガガガガガって構図とったら、いきなり描き出しちゃうんですよ、わたし。あれはエスキースというより、スケッチです。
あんなもの額装するとかってもう、恥ずかしくて顔から火が出ますわ(作家さんによっては、スタディを販売する人もいますけどね)。

ネタとしてなら、おまけコーナーみたいにして見せたら面白いかも知れませんけど、作品の一部としては…ちょっと…(笑)
ちなみに、描いたことがあるキャラには服のデザイン画があったりします。雑だけど(笑)

努力の跡、変化の最中を見せるのが作品の一環だ…という考え方そのものは否定しません。その変化を見せることで、自分の内面をさらすというやり方もまたアリです。

でも、わたしはそうではないみたいです。

「わたしはこんなに描けるのよ、どうよ、ほぉーーら、惚れちゃってもいいのよっ??」って気分で見せるのが、やっぱり自分的には最高です(笑)

たぶん、わたしの場合、絵を通してさらしたいのは自分の内面そのものではなくて、各キャラに投影されている自分の内面だからではないか、という気がします。
きちんと化粧しないと外には行きたくないのっ…と、どこかのセレブのようなことを言ってるってコトですね(笑)

やれやれ、キュレーターの説に拠るのなら、デザインの世界にも足を突っ込んでたせいでこうなっちゃってるんですかねえ。
まあ、理由はよくわからないですが、イヤなものはイヤだからしょうがないです。

いつも通りまとまりがなくてスマン。
自分の気持ちを整理するのに書いてるので、許しちゃりぃ。

■旦那が「もうガエルたんは描かないの?」と言い出しました。
確認したところ、ガエルたん=私家版シリウスのことだそうです。ヒィ、リクエストキターーーー!!!!

アズカバン脱獄後を描け、ということらしいです。わかりました…ちょっとやってみます。アンティークの額が利用できる大きさ(いつもよりちょっと小さい)で描いてみましょうか…。
ま、その前に魔王様を片付けてからね。片付けるとか言うとスゲー怒られそう。ヒィ。

そんなわたしは今、魔王様のカラースタディをやっていますが…わたしの庭先に咲く、春の花々にインスパイアされた色合いです(ハァト)
つーか、どの口でそんなドリーミーな台詞をぶっこいてるのか、その画題に対して何というセンスであるのか、仕上がりをココにさらせるよう、かもしの無事を祈ってやってください。ヨロシク。

だけど僕は負けないのだなァ…とギイのようにつぶやきつつ。

かもしまくれーーーーーー おーーーーー いってこいーーーー

Posted by: Bliss Appledore | [Tuesday] May 8, 2007 -- 01:33 |

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