■盛り上がっております、「スプリンガルド」。
ガチホモ決闘漫画になりつつありますが、毎回楽しみで仕方がありません。
何だかロッケンフィールドがやや蚊帳の外なのが気になりますが、藤田作品におかれましては、語り部はキーキャラになるようなので、きっとこの後、活躍してくれるんでしょうとも。
しかし、ロッケンフィールドはあのロッケンフィールドと姻戚なんでしょうか…藤田先生ほどの方が何も考えずに名前を付けているとは思えませんから(「からくり」のネーミングも恐ろしく意味がちゃんと通っているし)、きっとパラレルで何か関係が…あると思ってた方が面白いのでそうします。
ウォルターが大ぶりなトランクを持ってたたずんでいるシーンを観て、「あ、ギイ…」と素で思ってしまったのはわたしのせいではありません。わたしのせいじゃないですってば。
だってっ、コートまで同じなんだものっ。たぶん、今の絵で藤田先生がギイを描くとああいう顔になると思いますし。ウォルターより、もうちょっと甘い感じかな?
だからもう、ロッケンフィールドとウォルターのシーンは「ナルミとギイ」にしか見えないんです…。心の骨盤が歪んでいるせいなので許してください。
それにしてもウォルターの「俺のファンだ」発言、これはちょっとずるくないでしょうか…。
まあ、そこでガチ宣言とかされると世界観が壊れちゃうからだとは思いますけど、思いますけどぉ。「ずるい…」と思ってしまいました(笑)
■「聴き続けると良くなるに違いない」と信じて「幽霊オペラ」修行をしています。
今日は続けて「黒光輪」を聴いてみましたが、何となく、差がわかったような気がします。
「黒光輪」は間奏曲を抜くと、実装は「幽霊オペラ」とほぼ同じなんですが(「Solitaire」の分、「幽霊オペラ」の方が1曲少ない)、フックのある曲が多いのです(わたしは「March of Mephisto」「When the Lights are Down」の頭2曲が好きじゃないんですけどね)。
「幽霊オペラ」の方は「Blucher」以降の3曲がやや平板な流れに感じるので、そこが「あれ?」と思うポイントなのかも。「Anthem」〜「EdenEcho」の流れは、「黒光輪」の「Memento Mori」〜「Serenade」 の流れと似てるんですが、「黒光輪」の方がドラマチックに出来てると思うんですよ。「幽霊オペラ」の最後2曲は何となく似た印象しかないので、そこが残念。「Anthem」の後なら、疾走タイプで終わってもよかったのかも。
キャメロティアンのみなさんが「黒光輪風ではない」と言った点が何であるかは、わたしにもわかりました。で、みなさんに同感です…。
確かにこれはこれで悪くはないんですけどね。ああ、でもちょっと…。
まあ、わたしはキャメの曲はバラして聴く(「まぜまぜ箱」に入れる)ために好きな曲だけ抜き出してしまいますから、構成を不満に感じる部分はどうとでもなるんですが…。
「幽霊オペラ」からだと「Solitaire」「Rule the World」「Ghost Opera(この曲はとにかく終わり方が好みです)」「Blucher」「Love You to Death」「Silence of Darkness」「Anthem」を抜き出すと思います、っていうかそうする。
「Mourning Star」 なんかはチラ聴きした時点ではイケると思ったんですけど、通しで聴くとそうでもありませんでした。残念。
■何か元気が出ないので、散お兄様を貼っておきます。

……お兄様…。
これは…どういうシチュでいらっしゃるのですか…。
お兄様の場合、この台詞はガチで「本物」でしょうし(他の漫画ならコラがあり得る)、若先生の絵は真似するにも技量が要る絵なので、このタッチはまさしく「本物」だと思うのですが…。
な、何です、この花嫁姿は。まさに「一線を超えて」ます。
覚悟の「死化粧」だけでも相当アレでしたが、散お兄様におかれては花嫁ですか。
さすがは極上変態漫画、漫画界最強の変態兄弟に恥じぬお姿。
西にいる間に買った3巻を、飛行中に旦那に貸してあげたんですが、あの素晴らしい表紙に加えてあの内容なので、周囲から隠しつつ読むのが大変だったそうです…。
3巻って、誰もかれもが脱ぎまくりですしね…覚悟なんか自主的に脱いじゃうし…。周囲の人がとんでもないものだと誤解すること必至ですわね。
3巻は「散さま添い寝隊」の存在&行動だけでもぶっ飛びものですが(笑)、散お兄様がご観覧のモニタに、何故か半ケツで白ランのズボンをずりあげる覚悟の「尻」だけが映し出されていたりなどの、変態度においては毛ほどの隙もない演出に、わたしはとにかく脱帽です。
ああ、覚悟の話をしていたら、ちょっと元気が出ました。
やっぱり、元気が出ない時は「覚悟」か「蛮勇」に限りますね…。

